
悩みは尽きない
悩みは尽きませんね?
でも、
存在しない悩みと
存在する悩みがある。
多くの悩みは
まだ発生していない
不安や恐怖。
老後のたくわえをどうするか?
これは現時点で存在しない。
貴方の心の中にある悩み。
悩みを再定義
悩み
それは貴方の差。
期待する状態と、認識する現在の状態の差。
「彼女ほしい、けどいない」
「背が低い、180cmほしい」
悩みは問題か?
「榎田が背が低い」は
榎田だけの問題。
「榎田の営業成績が悪い」は
榎田の上司と榎田の
共通問題です。
この場合
悩みは複数の人間で共有され
社会性を持ちます。
自分の悩みでない場合
「子供が習い事をしない」と
悩んでいるとします。
これって悩みでしょうか?
(カウンセラー)「何が悩み?」
(ある子供の親)「ママ友の子どもはみんな習い事
行っている。恥ずかしい」
「恥ずかしい」は悩みとして適切ではありません。
なぜか?
答えが無いから。
「あなたが望む状態」は何でしょうか?
「ママ友から評価される事」でしょうか?
その「望む状態」は外から与えられたもの。
外から与えられた基準は
頻繁に変わります。
「望む状態」は貴方の中の基準に
変換するのがよいでしょう。
自分の問題に変換
「こどもを習い事にいかせたい」を
親の問題に変換
「子供に学ぶ機会を与えたい」
「子供に学校以外の友人と
触れる機会を与えたい」
違い判りますか?
親が子供にできること
「機会を与える」
それだけ
「機会を与えられない」
それが悩みです。
悩みを悩まない
何か問題が起きて
「悩んでるな、私」と
気づく。
「それって本当に私の悩み?」と
脳内会議をしてみましょう。
●悩んでいると主張する貴方
●相談を受ける「合理的な大人」の貴方
なりたい自分の状態を定義して
理想状態と現状の差を
測ります。
貴方の頭の中で自問自答します。
(合理的な大人) 「何が悩み?」
(悩んでいる貴方) 「子供が習い事したがらない」
(合理的な大人) 「習い事をしない今は
何が問題なの?」
(悩んでいる貴方) 「ママ友から合うたびに
訊かれるんです。それが苦痛で」
(合理的な大人) 「習いごとをするのは子供だよね」
(悩んでいる貴方) 「はい」
(合理的な大人) 「あなた自身の状態に
変換してみようか?」
(悩んでいる貴方) 「私にできるのは、
子供が興味を持てる
可能性を与えることかな」
(合理的な大人) 「いいね、例えば?」
(悩んでいる貴方) 「子供が好きな事を試す
チャンスを与えるとか。
習い事に限定しなくていいかも」
(合理的な大人) 「なるほど、子供の好きな事を
見付けるチャンスを
与え続けるのだね」
(悩んでいる貴方) 「そうですね」
(合理的な大人) 「いまは、チャンスを
与えているかな?」
(悩んでいる貴方) 「習い事=勉強って型にはめてた。
勉強!遊び!って分けないで、
子供の好きな事をやる
チャンスを与えるようにします」
悩みは、
自発的な状態に変換すると
解決に近づきます。